現場で使いながら、全員で育てる新システム 今野製作所編 その3

現場で使いながら、全員で育てる新システム
今野製作所編 その3
システムのグランドデザインを描く

旧生産管理システムでは、製品受注、部材発注、そして生産がシステム内で対応づけられている。
しかし、経理の佐藤美佐江が扱う販売仕入システムと、生産管理システムとは、きちんとつながっていなかった。生産管理担当であり、今回のプロジェクトのリーダーである稲葉真の目標は明確であった。“ コンテキサーを使って業務システムの一気通貫を実現する”。

 

 今野製作所に限らず、ほとんどすべての個別受注型の製造業は、図1に示す9つの業務が存在する。上段がデマンド(要求)の流れ、中段がサプライ(モノ)の流れ、そして下段がキャッシュ(お金)
の流れである。また、右側が得意先を対象とした販売管理、左側が仕入先や協力工場などを対象とした購買管理に対応している。

 

現場で使いながら、全員で育てる新システム  今野製作所編 その3

 

 この9つの業務機能の図をテンプレートとして、現状のしくみを検証しよう。現状では、図1の上段に対応する部分を、生産管理システム上で得意先からの受注に対応して必要な工程展開をし、必
要な部材を登録し発注する。これによって、受け入れた部材と生産指示書とを対応づけることが可能となっている。

 

 一方、図1の下段に対応する会計処理のために必要なデータは、得意先からの注文書と社内で発行した作業指示書をもとに、販売仕入システムへ再度受注登録することが多い。

 

生産管理システム側にデータがある場合でも、重複やモレのチェックが必要で、データ受け渡し後のエラーの修正なども多く手間がかかる(図2(a))。部材発注についても、納品書をもとに発注データを都度修正する。個別受注生産なので、受け入れた現物と納入伝票、そして生産管理システム上のデータとの対応づけを個別に行う必要があり、結果として二重入力が解消できない。部材の購入や外注加工については、数量や単価などの転記において、いかに間違いを防止するかに、佐藤はいつも神経を尖らせている。

 

 稲葉は、こうした二重入力や転記ミスなどの問題をなくすには、生産管理システムと販売仕入システムがデータを共有すべきであると考えた。稲葉が描いたグランドデザインは、生産管理システムと販売仕入システムとがお互いに連携し、事務所と現場とがより連携した姿であった(図2(b))。

 

販売仕入システムと連携する

 コンテキサーによるIT カイゼン活動の成果として、受入、生産、出荷といった現場作業が、事務所側から常に見えるようにする。これによって、生産現場側で、得意先の要望に対応した臨機応変
な業務が可能となると同時に、営業や事務処理側でも、得意先や仕入先に対する機動的な対応できるようになるだろう。

 

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 現在利用している販売仕入システムは、市販のパッケージである。今野製作所は、オーダーメード型の板金加工とともに、爪付きジャッキという油圧機器の製造販売も行っている。油圧機器は商
品コードがあり、販売価格があらかじめ登録されている。これに対して、板金加工の受注では、商品コードはなく、価格も都度設定しなければならない。
 さらに、原材料の購入や外注加工の依頼など、売掛、買掛といった経理処理につながる情報はすべてこの販売仕入システムを経由するのだが、購入する部材や外注加工の単価などもマスターデー
タがない。“2つの異なる会社が1つの母屋に同居しているようなもの”、と今野社長はいう。結果的に、生産管理システム側で受注登録し、その後に、販売仕入システムにデータを再入力することで、
伝票の発行や、その後の経理処理を行っていたのだ。

 

必要最低限で最大の効果を産む

 すでに稼働している生産管理システムをそっくり入れ替えるという作業は、きわめてリスクが高いため、まずはK 社からの受注のみについてシステム開発を進めてきた。入力操作、作業指示書の
印刷はできている。ただし、まだK 社の受注入力が部材の購入につながっていない。二重入力を回避し、販売仕入システムとの一気通貫を実現するためには、図2(b)のように部材の注文書発行、および受入時のデータ入力、そして製品の出荷時の伝票発行をコンテキサーで行う必要がある。

 

 菅原知史と山下哲平の2名は、さっそく作業に取り掛かった。画面やロジックはほぼ完成している。問題は、データの一貫性をどう保つかである。
得意先コード、仕入先コード、そして販売仕入システムとのコードの共通化。さらには、過去のデータとの整合性。検討すべきことはたくさんあった。
 最終的に、一気通貫を実現するには、コンテキサー内の受注データと部材発注データを、経理の佐藤が扱う販売仕入システムに渡す仕組みが必要である。コンテキサー上で、販売仕入システムが読み込むことができる形式に並び替え、CSV 形式で出力できる。これも、毎日繰り返し行う作業であるため、専用の画面を作成し、ボタンを押すだけで操作できるようにした(図3)。

 

使いながらシステムを成長させる

2012 年7月、コンテキサーによる生産管理システムの運用が始まった。菅原が最初に見積りシステムのプロトタイプを作成してから、およそ1年が経過していた。単一の業務の仕組みをシステム化するのに比べて、業務間の連携、あるいは既存システムとの連携を考慮する場合の難しさを痛感している。しかし、これからが本番である。 まずは、作業指示書の印刷を、既存の生産管理システムとコンテキサーの二度入力するという運用からスタートした。高橋彬は実際にK 社の受注に対して加工を担当する職人である。これまでは指示書にしたがって作業をするのが仕事であったが、受注のFAX があるたびに、コンピュータへの入力操作のために現場事務室に足を運んだ。

 

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高橋はこの指示書発行システムの利用者であるが、同時に、画面のレイアウトやキーボード操作について、コンテキサーの操作に詳しい菅原と相談しながらこのシステムを作り上げた本人であるともいえる。自分で作ったのだから、システムには愛着がある。

 

個別の最適を推し進める

 ここで、IT カイゼンを進める上で1つの重要な指摘がある。今回、K 社用の専用入力画面を設け運用した。通常の業務システム開発の場合、こうした例外的な処理は避ける傾向にある。特定の得意先のためにデータ項目を追加すると、全体としては、他の得意先にとって不要な入力項目が増え、かえって使い勝手が悪くなるからだ。
 これに対して、IT カイゼンは、“ 自分で作る” が原則なので、個別のデータ項目、個別の入力画面を歓迎する。共通のデータ項目と変換ルールさえ守っておけば、必要な画面をその都度追加し、必要がなくなれば削除すればよい。個別対応の柔軟さが中小企業の強みなのだから、その点をIT のしくみが正面から受け止めなければならない(図4)。

 

 既存の生産管理システムへの入力と、コンテキサーを用いた新システムへの入力という二重入力を始めて1カ月後に、一気通貫が実現した。そしてさらに、受注データを登録する範囲を、K 社からそれ以外の得意先にも増やしていった。

 

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データ入力を行うのは、実際にK 社の製品を加工する高橋である。過去の作業指示データが蓄積されていくにつれ、徐々に新システムの入力時間が既存システムよりも短くなった。過去に行った
類似するデータを再利用する頻度があがってきたからである。
 「作業指示書の印刷も、部材の発注も、コンテキサーで問題なくできるので、旧システムへのデータ入力はもうしなくて良いと思う」。高橋は、生産管理を統括する稲葉に言った。現場が軸となって
業務システム全体が動きはじめた瞬間である。

 

現場がシステムを成長させる

 「俺たちはモノを作ってなんぼの世界にいる職人だ。コンピュータに向かってデータを打ち込む時間は1秒だってムダなんだよ!」そう言ってはばからなかった畑中将樹は、今ではこのツールが欠かせないという。「菅原たちの開発チームのおかげで、注文のFAX があってから指示書の手配まで30 秒以下になりました」。同社では、受注したオーダは、原則として担当の職人が部材の手配から出荷まですべて1人で担当する。運用が本格化して半年が経過し、畑中はIT カイゼンの恩恵をもっとも受けている1人であるともいえる(写真1)。

 

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 運用開始時にはK 社のみに限定してスタートした新システムは、早々に適用範囲を広げ、すべての得意先の受注オーダを扱うようになった。現場がその気になると変わるのは早い。結果的に、こ
れまで稲葉が担当していた多くの業務を、個々の職人が自律的に行う体制が整った。稲葉はより高度な製造技術が要求される案件に特化し、それにこれまで以上の時間を費やすことができるようになったため、受注の幅も広がってきた。

 

 「効率化というと、通常は作業を単純化し、分業することで対応します。しかし、私たちは、あえて1人の職人が1つの案件を受注から出荷まで受け持つことで、モノづくりに対するプロ意識を高
め、結果的にお客様に満足いく品質を提供します。こうした一貫生産を効率よく行うためにはIT を道具として活用するIT カイゼンを、担当者全員で進めていく必要があります」

 

今野社長の思いが徐々に現実となっていく。

 

 2013 年2月、溶接技能者評価試験の合格を祝う会が近所の焼肉屋で開かれた。主役は、昨年春に今野製作所に入社した陳貴光である。職人見習いからスタートし、少しずつ先輩の技術を習得しながらようやく1年になろうとしている陳に向かって、指導担当の畑中はいった。「ただモノ作りの腕がいいだけじゃだめだ。これからの職人は、IT を道具として使いこなさなければだめだぞ!」
 このときすでに、畑中は、稲葉のもので板金部門のIT カイゼンの中心人物になっていた。そして、昨年までコンテキサーを用いたシステム作りの核であった菅原と高橋は、この時、福島工場にいた。
BTO 型(受注組立生産)というこれまでと異なるジャッキの生産管理をIT カイゼンによってより効率化する、という社長の新たな指示によるものだ。同社のIT カイゼンは、新たなステップへ踏み出し
ている。(敬称略)

 

筆 者:西岡靖之 にしおか やすゆき
    デザイン工学部 教授 博士(工学)
コンテキサー関連情報は下記URL 参照
http://www.apstoweb.com
また、製品に関する問合せは、
潟Aプストウェブ 販売企画部
E-mail:sales@apstoweb.com

 

 

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